新小杉開発株式会社

新・小杉散歩

2026.01.28

等々力緑地の歩みと、これから

川崎フロンターレのホームスタジアムや新しくなった野球場を有し、豊かな緑と水に囲まれた等々力緑地。中原区の住民にとってなじみ深いこの場所は現在、再整備計画により大きく変貌しようとしています。今回はそんな等々力緑地の歴史を小杉地域の歴史研究家である羽田猛氏の著書『中原街道と武蔵小杉』をもとに振り返り、再整備計画のようすを散策します。 

明治末期から昭和初期—農村から採掘場へ 
明治末期までの等々力は、桑畑やサツマイモ、ごぼうなどが広がる静かな農村地帯でした。しかし、もともとこの地は多摩川の旧流路であったため、地表の耕土は薄く、その下には4〜5メートルもの厚い砂利層があります。水はけがとてもよいことから、農業に適した土地とはいえませんでした。 

昭和に入ると、この地に乳牛18頭を抱えた有馬牧場が開業します。 
そして、砂利層に資源としての価値を見出した人々により土地が買収され、昭和10年には、東京横浜電鉄(現在の東急電鉄)などによる大規模な砂利採掘が開始されました。 

昭和25年。中原小学校よりテニスコート方面を見たようす。(「中原街道と武蔵小杉」より)

「東横池」から「東横水郷」へ 
やがて採掘で生まれた巨大な穴に水が溜まり「東横池」と呼ばれるようになります。そこにコイやヘラブナが放流され、釣り堀として整備されました。また、有馬牧場(富士ミルクプラント)が「10円牛乳」を販売し、好評になります。 

昭和30年代に入ると、東横池は「東横水郷」と改称され、東京郊外の有名な釣り場として賑わいました。牧場跡地はプロ野球「大洋ホエールズ」(現・横浜DeNAベイスターズ)に売却され、選手宿舎や練習場として使用されるようになります。 

東横水郷の地図。現在の釣り池は5号の一部を整備したものというのがわかります。(「中原街道と武蔵小杉」より)

スポーツと文化の拠点に
この頃、川崎市がこの地を都市計画上の「緑地」として決定し、本格的な公園整備が始まりました。昭和39年のテニスコートの着工を皮切りに、陸上競技場(昭和41年)や野球場(昭和42年)などが次々と建設されます。 

そして現在に至るまで、Jリーグチームの拠点、ヘラブナ釣りが楽しめる釣池、芸術に触れる市民ミュージアム(2019年の東日本台風による浸水被害から休館中)、とどろきアリーナなど、スポーツと文化、自然が融合した総合公園として整備され、親しまれてきました。 

これからの等々力緑地
しかし、開設から長い年月が経過したことで、施設の老朽化が課題となります。ほかにも水害をはじめとする防災対策の強化、利用者ニーズや社会環境の変化への対応といった課題も明確になり、再整備の必要性が検討されるようになりました。 

これらを解決し、等々力緑地を「次の100年に続く、まちの誇り」にするため、30年間にわたる大規模な再編整備・運営事業がスタートしました。2023年3月には特定事業契約が締結され、選定された企業グループによって川崎とどろきパーク株式会社が設立され、運営を担っています。
 

正面広場の工事のようす。

園内に貼られている再整備前後の比較図に、小杉神社の位置を追加したもの。

とても大規模な再整備計画ですが、川崎とどろきパークのサイトを見ると、最先端のスポーツ・エンタメ施設の整備、多様な広場と自然、飲食等の施設の充実、そして災害への強さが大きなポイントとなっているようです。

スポーツ施設面では、現在の陸上競技場は球技専用スタジアムへとリニューアルされ、ピッチがぐっと近くなることで、より臨場感あふれる観戦が楽しめるようになります。とどろきアリーナも、スポーツ競技だけでなくコンサートも開催できる多目的エンタメ施設として生まれ変わります。さらに、室内プールやランニングステーションを備えた新しい陸上競技場・スポーツセンターも併設される予定です。

ふるさとの森から、陸上競技場方向を望む。補助競技場のあった場所に、新しい陸上競技場が建設される予定。

また、公園のランドマークとして、ピクニックやヨガを楽しめる開放的な草地の広場が誕生します。ふるさとの森も生育環境を改善し、新たに生まれ変わるようです。一方で、四季園や21世紀の森は現在の姿はみられなくなるようです。

21世紀の森の工事のようす。

ふるさとの森。

昭和の時代から小杉地域の人々の暮らしにかかせない等々力緑地。この開発でさらに進化し、より多くの人々に愛される場所になっていくでしょう。新しい等々力緑地で、また新たな思い出が生まれることを期待しています。

※こちらの記事の情報は『中原街道と武蔵小杉』に基づいています。詳しくは下記のページをご確認ください。
 「等々力緑地」の移り変わり
砂利掘りが始まる
東横池の誕生
池から「東横水郷」へ
水郷から工場・宅地・グラウンドへ
公園施設の造成
有馬牧場と富士ミルクプラント
等々力緑地の移りかわり(年表)

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